人類は危険な痛みと危険でない痛みを区別できない
医学史に燦然と輝く金字塔“レントゲン博士の発見”…、しかし1960年代に慢性痛が発見されて以降その功罪が認識され始め、奇しくも同じタイミングで勃興した認知科学が痛みの概念に変革をもたらしつつあります。
人類が感じる痛みには生命の危険を知らせる痛みと同役割を持たない痛みがあり、ほとんどのヒトは両者の違いが分かりません。区別する能力を持ち合わせていないのです。
医療の側も両者の鑑別がむつかしいため、前者に対するリスク管理を優先せざるを得ず…。結果、前者の痛みを前提にした医療体制が敷かれています。あくまでも生命を守ることが医学医療の務め…。
実際、前者の痛みは原疾患に対する適切な処置がペインコントロールに直結しますが、その一方で後者の痛みにあってはペインマネジメントに厳然たる障壁が存在します。その理由はそもそも痛みの醸成メカニズムが異なるため、前者へのアプローチが後者には通用しないからです。
人生を破壊する威力を持つ“痛みの記憶”
両者の鑑別が困難、両者のメカニズムが異なる、前者の管理に比重が置かれがちな医療、さらに“絶対医学”とも言うべき西洋医学の体質が重なることで、後者に対する研究は牛歩の極みでした(絶対医学についてはこちらのページをご覧ください)。
医学史において長い間プライオリティの低かった後者の痛みは、しかし情報化社会の波に飲み込まれた先進諸国において、看過できない問題として認知されるに至ります。生命の警報システムとは言えない痛みが、なんと個人の人生を破壊する力を持っていることが分かってきたのです。
幻肢痛やCRPS(RSD)はもとより、多くの人々が経験するありふれた痛み“腰痛”までもがときに魔物に変貌することがある…、日本では夏樹静子氏の著作によって広く啓蒙されました。
こうした痛みの存在意義とは何なのか?どのようなメカニズムで生まれ得るのか?こうした疑問に対して当会はひとつの仮説を立てました。それが東日本大震災の翌年(2012年)に発表された「痛み記憶の再生理論」です。
このなかで前者の痛みをハードペイン、後者の痛みをソフトペイン、両者の混成痛をハイブリッドペインと呼び、ヒトが感じる痛みはこの3種類しかないことを提起しました。
認知科学が切り拓いた PtoB… 、そこに横たわる「認知の壁」
その後、認知科学において「痛み記憶の再生理論」を補完する知見が次々に示されるなか、V.S.ラマチャンドラン、アントニオ.R.ダマシオ、サンドラブレイクスリーといった脳科学インフルエンサー、ならびに脳可塑性の臨床を知らしめたノーマン・ドイジらによって、「新・脳-身体論」とも言うべきニューウェーブが世界を席巻しました。
例えばこれまでのボディワークの長い歴史において、そのほとんどが「
これによりボディワークの効果に包含されていた中枢系への関与(自律神経機能や筋協調性の改善等々)およびニューロリハ領域(皮膚振動刺激による知覚麻痺や運動麻痺の改善等々)の次元もPtoBという概念の下、合理的な解釈が可能になったのです。
こうしたボトムアップ回路による脳可塑性の発現は、実は既存のあらゆるボディワークに潜んでいることが臆断されるのですが、PtoBという理念を前面に掲げる現場はいまだ僅少に過ぎません。
その理由の一つとして、おそらくPtoPは患者にとって理解しやすい説明であるのに対し、PtoBは理解しにくい、すなわち「認知の壁」があるせいではないかと思われます。
世の中に種々潜在する「認知の壁」のなかでも、脳情報処理に関わる次元を「ソフト認知の壁」と言います(当会による造語)。
当会の役割は「非侵襲的な脳への介入」の情報発信ならびに認知科学統合療法士(CIT)の育成
脳への介入手段として世間に認知されているマインドフルネスや心理カウンセリング。こうしたトップダウン回路によるアプローチは極めて重要です(当会は傾聴カウンセリングという手法を重視しています)。
しかしながら、同じ脳への介入でも世に知られているトップダウン回路とは対照的に、ボトムアップ回路“PtoB”にについてはまったくと言っていいほど認知されておりません。今後はマスメディアの助けを借りつつ、情報の発信基地を増やしていく必要があります。
方法論の一つとして、
なお
以上の背景を踏まえ、脳ケア意義の認知普及に向けて有益なる情報を提供し、認知科学統合療法士(CIT)を育てることが当会の使命です。
認知科学が示す道筋~侵襲的介入の限界とブレー二ング・ダイバーシティ~
認知科学の発展により脳の可塑性が心身機能の広範囲に及んで変化をもたらすことが分かっています。痛みやしびれ、脳卒中、発達障害、うつ病等の気分障害から認知症に至るまで実に幅広い領域に効果発現が認められています。
その一方で、既存医学による侵襲的あるいは薬物による介入の限界が露呈しつつある昨今、代替医療という括りではなく、正規の医療として非侵襲的な介入を真剣に考える時期に来ていると思います。
とくに超高齢化社会に突入した日本では、医療経済学、健康寿命を支える予防医学、介護やポリファーマシー等々の見地からも、脳への非侵襲的介入は極めて重要な意義が包含されます。
当会は脳にアプローチする視点の全てを従来の“神経可塑性”だけで説明することは困難と考えており、“
ノーマン・ドイジ氏の著作で語られる「慢性疼痛は可塑性の狂乱」「ノイズに満ちた脳の鎮静化」「脳の鍛錬」というキーワード。
しかし認知科学が解き明かすクロスモダリティや脳のレジリエンスを突き詰めていくと、「鍛錬」とは一線を画す「癒しのプロセス」が見えてきます。
脳を癒すべく多種多様な介入(選択の余地)は“