第1章「建築学と医学の融合」  →第3章「遺伝子に秘められし戦略」

 第1章において、建築の制震機能が人間の脊椎(とくに椎間関節)にも備わっていることを概説しました。その上で倒立振子の実験モデルを例に出して、関節反射(関節受容器によるフィードフォワード制御)の重要性を強調させていただきました。

 第2章(当ページ)では倒立振子のメカニズムを振り返りつつ、人間の立位保持の裏に隠された精巧なシステムを明かしてまいります。         

上記画像の英語版

 左の画像は、当会が推奨する理学検査のひとつで、マンテストと呼ばれるものです。

 患者は閉眼して平均台の上に立つ姿勢を10秒間維持。その際の揺れ具合を評価します。

 マンテストはパイロットの身体航空検査でも使われますが、この検査において被験者が前後にバランスを崩すことはほとんどありません。たいていは横方向です。 

 数ある認知科学統合アプローチ(COSIA)のなかに、筆者が開発したBFIという技術があります。

BFI…Brain Finger Interface(脳と手指をつなぐ技術)。「性感覚刺激による脱感作と再統合」と定義される技術体系。肉体に働きかけて脳を変えるという日本初の施術理念「PtoB(→造語一覧)」を標榜。

 BFIには様々なテクニックがありますが、上記画像はそのなかのひとつで、8ヶ所の棘突起を同時に触る技術です(指先で本当に軽く触れるだけのテクニック)。8×2個の椎間関節に間接的に加えられる同時多発的な内圧微変動が中枢解析を賦活することで運動回路のアップデート(神経可塑性)を促します。

 驚くべきことにBFI施行後、過半数の症例にマンテストの回復が認められます。この事実は椎間関節における内圧微変動が姿勢制御に変化をもたらす可能性を示唆しており、前章で紹介した「左右の椎間関節の内圧差による中枢制御」を裏づけるものです。

 もっとも患者自身は「触れているだけなのにどうして?」と不思議がるばかり…。まあ、無理もないことですが。  

 ちなみにBFI は痛みの治療として開発された技術ですが、マンテストの回復と痛みの改善は相関しません。この事実は運動機能と痛みを切り離して考える視点の重要性を諷示するものです。

 筆者が痛みのソフト論を掲げる背景には「痛みの臨床においては運動機能の回復と痛みの改善は必ずしも一致しない」という慧眼の境地があります。
 
 
 話を元に戻します。

 人間の脊椎を倒立振子に見立てると、興味深い視点が湧き立ちます。倒立振子においては自らの傾きを感知するセンサーはその基部に1ヶ所あるだけですが、かたや人間の脊椎には、椎間関節(46ヶ所)と仙腸関節(2ヶ所)の合計48箇所にセンサーが配備されており、これらによる同時広域連鎖的な感知システムによって、個別の神経速度の遅さをカバーしてあまりある反応速度を体現しているのではないか…。筆者にはそのように思えてなりません。

 こうして眺めてみると、人間が二足歩行するためのシステムには、姿勢制御の観点からは倒立振子の制御が、衝撃吸収の観点からは脊椎の骨格タンパーが内臓されている…、そんな姿が見えるわけですが、実はもうひとつ別の姿を捉えています。それが、“五重塔”です。

 上記画像は左が千葉県市川市の法華経寺の五重塔。右が奈良県生駒郡の法隆寺の五重塔(世界最古の木造建造物/世界遺産)。

 日本の仏教建築を代表する五重塔は全国各地に建立されていますが、歴史上地震による倒壊例がほとんどないと言われています。なかでも法隆寺の五重塔は世界最古の木造建築(ギネス認定)でありながら、地震大国日本で1300年ものあいだ“立ち続けている”という世界に類を見ない建造物です。

 現存する最も古い木造建築が高さ31.5mの塔だというのだから、これはもう本当に驚愕の事実です。

 五重塔が倒れない理由-建築史上の謎-については、これまで名立たる学者らの功績により徐々に解明されつつありますが、完全な回答には至っていないようです(2014年現在)。

 ただし、その構造-各階は互いに接合されておらず、ちょうど5つの帽子を上から順に被せたような構造になっている点。中央が空洞になっており、そこに通し柱である心柱(しんばしら)が振り子のようにぶら下がっているという点等-については詳らかにされています。

 そして何と言っても特筆すべきは、心柱は地面に埋まって固定されていないという事実。倒立振子と同じように垂直に立ち上がっているタイプもあれば、中には下画像(日光東照宮の五重塔)のように「ぶら下がって浮かんでいる心柱」もあります。

中央の写真は現地の案内表示。その内容は以下のとおり。
『見どころ!心柱の一番下の部分をご覧ください。東照宮五重塔の心柱は、懸垂(吊り下げ)式になっており、地盤より約10cm浮いた状態になっています。「心柱制震」という当時の優れた免震技術が生かされています』

 五重塔では各フロアを1階、2階とは呼びません。初重(shoju)、二重(niju)という呼び方になります。極めて特殊な構造であるが故、大地震に見舞われると、初重(1階)が右に動くと、二重(2階)は左に動き、三重(3階)はその反対に…と、まるでスネークダンスのように塔全体がくねくねと揺れ、そして倒れない。結果無傷。

参考書籍…「五重塔はなぜ倒れないか」(上田篤編/新潮選書)。興味のある方はDVD版「五重塔はなぜ倒れないか」(日映企画/井上書院)もご参照ください。

 オイルダンパーも積層ゴムもない時代に、木材だけで組み上げられた塔-しかも10階建てのビルを超えるような高さの塔-が、龍が昇るがごとく踊り揺れることで、巨大地震に耐える姿は圧巻という他ありません。本当に先人の発想力と知恵と匠の技術には驚かされるばかりです。

 筆者はかつて国際政治学者のサミュエル・ハンチントン氏の文明論に触発され、「日本という国はまさしく“木の文明国家”である」という持論を披歴したことがありますが、その根拠の一つに「ピラミッドは究極の耐震建造物である一方、五重塔は究極の“免震建造物”だという対比」があります。

 ただし五重塔に居住空間はなく、そもそも人が住むために造られたものではありません。つまり「住まう人を守るための免震ではない」ということです。

 では、この塔はいったい何なのでしょう?その起源はインドのストューパ(釈迦の遺骨を収めた舎利塔)、要はお釈迦さまの骨を収める納骨堂にあると言われています。それが日本に渡って五重塔になったというわけです。ちなみに“五重”の意味は「地」「水」「火」「風」「空」の“五大”を表しているそうです。

 五重塔が何なのかはさておき、当時の宮大工が何にヒントを得て、あるいはどのような着眼点によって、驚異的な免震技術を生み出したのか、筆者にはそこのところが気になって仕方ありません。

 設計図不要と言われる宮大工の頭の中に、どんな景色が見えていたのか?実は筆者はこの疑問に対して、或る確信を持っています。 

 五重塔は人間の腰椎をモチーフにして設計されという視点です。まずは下図をご覧ください。

 五重塔の美しさを図る指標として“逓減率”があります。これは初層(初重/1階)に対する最上層(五重/5階)の横幅の減少率を指したもので、例えば最上層が初層の半分なら、逓減率は0.5ということになります。

 これが0.7前後の塔はすらりと背が高く見えると言われており、人間の腰椎-これも同じく5個の椎骨による五層構造-の逓減率も、五重塔とほぼ近似の値になっている(上の写真の腰椎は0.76)という点。

 五重塔の各層のあいだには圧縮荷重を逃す精巧な木組みが介在しており、まさしく椎間板に相当するという点。

 さらに塔身の空洞に独立した形で振り子のようにぶら下がる“心柱(しんばしら)”と、同じく脊椎の空洞において硬膜&クモ膜に包まれて脳脊髄液の中に浮ぶ“脊髄(せきずい)”が相似形を成している点。

 そして何より“5”という数字(腰椎の数も5)が同じである点。ほかにもいくつか挙げられますが、とにかく五重塔と人間の腰椎のあいだにある偶然とは思えない共通点の数々…。

 もちろん真実を知るためにはタイムマシーンに乗って当時の宮大工に直接話を聞く以外に方法がないわけですが、筆者個人としては「五重塔≒腰椎」という可能性に対して、強烈なるインスピレーションを感じています。

筆者のインスピレーション

 お釈迦様の“骨”を収める塔のデザインを“骨”の形にするなんて、なんて大胆かつ洒落の利いた発想だろう。

 もっとも考えようによっては「倒れない木造塔」を造るために思考錯誤を繰り返す中で、人体にヒントを求めた宮大工がいたとしても何ら不思議ではないし、むしろ必然の流れだったとさえ言えるかもしれない。

 彼らは塔のデザインや構造を熟考する過程で、人間が立つメカニズムに眼が向かっていったのではないか。

 当時の宮大工にどの程度の人体解剖の知識があったのか知る由もないが、もし脊椎を視界に捉えていならば、たとえ“脊髄”を知らなかったとしても、脊椎の空洞部分に何か重要なものが入っていると考えた可能性はある。

 そして、彼らは脊椎の空洞に何か柱状のもの(実際は脊髄)が振り子のようにぶら下がっている(あるいは通し柱として立っている)形態が、人間が立つために何らかの意味を持っていると考えたのではないか。

 冠状面のちょうど真ん中に柱(脊髄)があるからこそ人間は立っていられると。

 人体において内臓は非対称だが、骨格は対称(シンメトリー)になっている。実際ヒト胚の発生過程において、細胞分裂のベンチマークとして脊索が中心にあることで骨格形成はシンメトリーを成していく。

 彼らに発生学の知識はさすがになかったであろうが、少なくとも人がバランスを維持するためには脳とそれに続く脊髄-あるいは脊椎の空洞の形状から推して柱のようなもの-が人体の中心にあることが重要だと考えたのではないか。

 さらにその脳脊髄に一定の重量があること、つまり錘(おもり)のような意味があるという、現代の制振技術(質量付加機構)-前章にて解説済み-に繋がる何かに気づいたのではないか。

 そういう発想を持つことによって、初めのうちは単なる仏舎利塔というイメージしかなかったものが、徐々に人間そのもの、あるいはお釈迦様の象徴として捉える哲学が、当時の宮大工たちに培われていったのではないか…。

 であれば「絶対に倒れることは許されない…」。そういう信念が背景にあったからこそ、幾多の地震を乗り越えてその美しい姿を今日まで保つ“芸術作品”を残すことができたのではないか。

 大地震の際にスネークダンスを踊る姿は、もはや建築の概念を超えて、世界初の巨大からくり人形と見なすことはできまいか。

 動力源はもちろん地震エネルギー。想像の世界でのお遊びではありますが、五重塔は世界初の、そして世界最古の木造ロボットだった…。数十年あるいは数百年に一度だけ大地の揺れに呼応して動くという…。

 宮大工が五重塔を造ってから約1300年後、その国は等身大のガンダムを動かすことに成功した。「ガンダムのルーツは、実は五重塔にあった!?」なんて突拍子もない解釈を聴いたら、富野由悠季氏はどんなコメントを残すだろうか?

 また、五重塔の心柱を蘇らせたものが、東京スカイツリーの心柱制震という流れに思いを馳せると、宮崎駿監督作品「もののけ姫」に登場したシシ神の姿が脳裏をよぎる…。

 都会の夜に浮かび上がる東京スカイツリーの姿は、まさしく現代に蘇ったデイダラボッチだ…、私の中の童心がそう叫んでいる。

 遥か先の未来、現代文明の終焉の後、さらに気が遠くなるほど先の未来人がオーパーツと化した東京スカイツリーを「巨神のオブジェではないか」と解釈したとしても、あながち間違いとは言えないのかもしれない…。失敬、少し余興が過ぎたようだ。
 
 話を元に戻そう。

 五重塔の構造上の観点からはそれがそのまま人体の脊椎を表していると考えられ、制振の観点からは質量付加機構における錘(おもり)が心柱を兼ねる形で、現代建築におけるマスダンパー(建物の頂部に載せたおもりの作用による制振システム)を体現しており、人間においては中枢神経(脳脊髄)がこれに該当する。

 おそらくは脳脊髄液を含め、中枢神経(脳脊髄)の総量が錘(おもり)としてちょうど良い重量になっており、それがシンメトリーを成す骨格の中心にあることで、高度な姿勢制御と制振の両方を同時に成し得ていると言えるのではないか。

 以上が悠久の時を超えて筆者が受け取ったインスピレーションです。人類の建築史にその名を刻む五重塔。文字通りこの金字塔を打ち立てた宮大工たちが現代に生きる私に「人間が立つメカニズム」を教えてくれたような、そんな気がしています。

 四足歩行がやがて進化して二足歩行になったという進化論が絶対だとは思えなくなるほど-かと言って“退化論”を支持する勇気はないが-、あたかも最初から直立歩行するために人間の設計図が描かれたとしか思えないほど、そこには緻密で精巧なシステムが隠れているのです。村上和雄氏が言うところのサムシンググレートの存在を感じずにはいられません。

 ボーリングの球(約5キロ)と同じ重たさの頭を頂点に乗せて不安定な人類が今あるのではなく、脳が肥大化し重たくなったことではじめて直立歩行が安定したと捉えることができるのです。

 少なくとも現代建築が生み出した“質量付加機構”は人体機能をそのように説明することを可能にしているということです。前章で紹介した説明図を再びご覧ください。

上記画像の英語版

 倒立振子の実験が示す通り、人間の姿勢制御には頭蓋脊柱が一体となって機能する「多重センサ内臓型倒立振子モデル」が成立すると同時に、地震工学における建築技術のすべてが備わっています。

 ◇免震技術…椎間板≒積層ゴム
 ◇制震技術…椎間関節/仙腸関節≒オイルダンパー
 ◇制振技術…脳脊髄≒マスダンパー(質量付加機)

 五重塔の免震機能を現代建築の専門用語で表すと、“受動的”を意味する“パッシブ”と、「錘(おもり)を利用した制振技術」のことを言う“マスダンパー”を組み合わせて、【パッシブ・マスダンパ―】となります。

 他方、地震や風による揺れを加速度センサ等が感知して、それをコンピュータが演算処理することで、おもりの動きを制御する場合、“能動的”を意味する“アクティブ”を使い、【アクティブ・マスダンパー】と言います。

 昨今、高層ビルなどでは従来のパッシブ制震では対応しきれない面-強風や長周期地震動などに対処する必要性-があり、コンピュータ制御による制震技術-アクティブ制震-が開発されています。

 つまりコンピュータ制御に拠らず、ただ機械的、受け身的に反応するものをパッシブ制震またはパッシブ免震と言い、一方、センサによって揺れ具合を感知することでコンピュータ制御を行うタイプをアクティブ制震またはアクティブ免震と言います。

上記画像の英語版

 HONDAのASIMOが滑らかな二足歩行を実現した背景には高感度センサとマイコンの開発が挙げられます。セグウェイの開発も同様です。そして今、高層ビルの制震技術においてもセンサとコンピュータによる制御が生み出されているというわけです。

 そうした制御系で使われるセンサの多くは加速度センサと角速度センサであり、人間の場合、その任を負っているのが関節受容器であり、コンピュータに相当するものが脳だと言えます(拙論「関節受容器のTypeⅠは3軸加速度センサであり、TypeⅡは3軸角速度センサ」より)。

 人体の動きは脳(コンピュータ)からの指令で動き、制御されていますので、人間の運動システムは基本的に“アクティブ制御系”であり、私が唱えるところの骨格ダンパーもすべてアクティブ制震だと言いたいところですが、ひとつだけ例外があります。それが“椎間板”です。椎間板は神経支配を受けていないため、パッシブ免震装置ということになります

上記画像の英語版

 脊椎の骨格ダンパーは脳の支配下にあるアクティブ制震(椎間関節)と、支配を受けないパッシブ免震(椎間板)の両者によって成立しています。

 もちろん筋肉の働きが重要であることは言うまでもありませんが、筋受容器(筋肉センサ)はフィードバック制御であって、制振システムや姿勢制御の両者において、反応スピードの観点から常に二次的、補佐的な意味合いにとどまるという理由から、あえて今回の論点に加えていないことをここで言い添えておきたいと思います。

高層ビルにおいて、鉄骨やコンクリートの強度(=骨や筋肉の強さ)が重要なことは言うまでもないが、免制震の観点からはその主役はあくまでもオイルダンパーや積層ゴム(=椎間関節や椎間板)であるという今回の私の趣旨からして、あえてここでは論点に含めない。

 人間の脊椎機能は上図における前方支柱と後方支柱の関係性で捉える視点、すなわち椎間板と椎間関節の関係(=パッシブ免震とアクティブ制震の関係)として考えることが極めて重要であり、そうした視点によってはじめて椎間板の真の姿が見えてくるのです。

 以上の前提知識とくに「椎間関節によるアクティブ制震」を知っていただくことで漸く本論に入ることができます。前置きが随分と長くなりましたが、いよいよ核心に迫ってまいりたいと思います。

 次の第3章において、髄核に秘められた遺伝子のサイン、10年という時間が真に意味するもの、そして椎間板の“真の宿命“”を明らかにしたいと思います。

 これを知ることで、第1章の冒頭で紹介した椎間板ミステリーの謎が解けます。

 人間の椎間板は、なぜ10歳から変性が始まるのか?

 次章において、いよいよその答えを、本論の核心を記述いたします。

第1章「建築学と医学の融合」

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