2)〈序章〉~関節機能障害と痛み~
当記事は2016年5月の旧BFI研究会(当会の前身)での講演の一部です(その後若干の軌道修正に伴い変更された箇所あり)。
尚、本論は「関節反射の視点」を前提にした仮説ですので、「
最初に当日プログラムの一部を引用します。
『一般に関節包内運動の障害(関節面の引っかかり)を説明する際に引用されることの多い肘内障。しかし肘内障の病態にあっては未だ完全に解明されていない部分がある。そこで肘内障発症の真のメカニズムを考察する過程で導き出されたものが「
この仮説は実は肘内障のみならず
・突然前触れもなくガクンと膝が抜けたようになって激痛を感じた
・突然足部(とくに踵あたり)に激痛が現れて足を着けなくなった
・突然股関節に激痛が走り、荷重できない状態になった
・後ろにある物を取ろうとして、不自然に上体を捻って手を伸ばした瞬間、肩に激痛が走って数秒間余韻が続いた
・車のハンドルを握っているとき、いつもと違う不自然な握り方をしてしまったせいか、突然指の中のどこかの神経に触った?と錯覚するほどの激痛が走った
これらの現象はすべて
基本的に関節反射ショックは数秒あるいは数十秒以内に回復する。これが小児の腕橈Jに発生したとき、その際の運動回路のプログラムエラーが小脳や前庭核に保存されてしまうと反復性の肘内障(いわゆるクセになるタイプ)になる。同様のメカニズムが膝ロッキングでも包含されている。
関節反射ショックを起こす原因は種々の可能性が考えられるが、特に子供の場合は中枢の発達臨界(大脳12歳、小脳8歳と言われる)に達するまでは関節反射に対する中枢制御が不完全なことが背景にあると考えられ、大人の場合、いわゆる脳疲労ーメタボリックインバランス(脳恒常性機能不全(BD))ー に起因すると考えられる。
関節反射ショック自体は数分以上も続くことはあり得ないと考えられるが、その後も関節軟部組織の低緊張が続くケースがある。これは中枢における運動回路(緊張制御システム)が回復し切らないためで、そこにソフトペインが醸成されると関節トーヌスの低緊張と慢性痛が…
この続きは当日の研修会で…。
当日の講演では、会員から届いた質問メールを紹介した上で、その返答を読み上げるというスタイルで始まりました。そのメール内容と筆者の返信を以下に再現します。
『痛みの臨床においてその多くはソフトペインではないかというお話、JD(関節機能障害)や無菌性の関節炎に伴うpainもその実態はソフトペインに過ぎないというお話、関節介入系の技術について「肉体(関節)を入り口にして脳に働きかけるテクニックだ」という解釈、そしてそれらを裏付ける症例の数々にはたいへん説得力があり、先生の視点に激しく賛同致します。
ただ一点だけお伺いしたいことがあります。ソフトペインに関節機能障害(JD)が合併するとあたかも「JD=痛み」のように見えてしまうという説明は理解できるのですが、同じJDでも肘内障の痛みに関してはやはりハードペインだと思うのですが、この点について先生のご見解をお聞かせください』
以下に紹介するのが筆者の返信です。
関節機能障害(Joint dysfunction)という病態を分かりやすく説明する際、肘内障を引用することがありますが、結論から申し上げますと、肘内障の痛みは確かにハードペインと思われますが、関節運動学で説明されるJDとは本質的に異なる現象だと考えています。
関節運動学におけるJDの概念は「関節面の滑りの障害」を指しており、これを建築の免震技術に譬えると、免震装置の故障だと言い換えることができます。建築の免震デバイスにはいろいろなタイプがあり、その中には下のようなものがあります。
たいへん興味深いことに関節運動学における名称と全く同じです。JDはいざ地震が発生したときに免震デバイスが機能しない(動かない)-すべらない、転がらない-状態ですので、ハード論の言説「JDに伴う筋スパズムが痛みを誘発する」に従えば、その症状は基本的に運動時痛のみ-地震が発生しない限り問題は顕現しない-という理屈になります。
しかしこの考えでは安静時の痛みの全てを合理的に説明することができないため、「無菌性の関節炎」という概念を掲げつつ、炎症の存在下で目を覚ますサイレント受容器(silent afferent neuron)に着目し、これにより安静時痛を説明することが可能となりました。
しかしCRPS(RSD)の症例、シャム(触る振りをして実際には触らない偽治療)による痛みの改善や悪化の症例、そして関節炎特殊型とされる症例、これらのほとんどが心身環境因子に由来するソフトペインに過ぎないという自論から、「JDと痛みは無関係であり、さらに言えばJDという概念そのものが、他動運動における表層的かつ創成的な現象(関節包内運動を誘導する手技の中で術者が個別に感じる個体差)に過ぎない」というのが私の考えです。
つまり免震装置ははなから故障していないという解釈です。
欧米で生まれた関節モビライゼーションは、技術的な問題および理論の脆弱性を抱えていましたが、1980年代、これを日本に持ち帰った研究者の手によって全く新しい徒手医学に生まれ変わりました。
その新しいモビライゼーションは極めて繊細なテクニックであり、その淵源は開発者自身にあります。その人物は超人的な身体感覚の持ち主であり、脳内に異次元の運動回路を持っていました。
そうした歴史に残る天才が、己の技術を関節運動学という体系の中に記述したため、教科書的には「関節包内運動を回復させる手段」と表記されることになりました…。
しかし実際には、関節内圧の微細な減圧や増圧を断続的に加え続けることにより、これがノイズ信号となって脳に受信され、運動回路系に確率共振が引き起こされると、これが同回路の再編に繋がることで筋協調性の改善が得られます(これを神経の可塑性という)。
その結果、関節軟部組織の緊張(関節トーヌス)が変化すると、これをあたかも関節包内運動の回復すなわち関節面の動きが回復したように術者が感じ…。
さらに患者の脳内において治療に対する期待感、安心感といった情動系ポジティブ反応(トップダウン回路の働き)が賦活することにより、DMN(デフォルトモードネットワーク)の痛みゲートが閉じると、患者は痛みの改善を自覚し、同ゲートが閉じない場合は改善しないという帰結になります(DMNゲーティング理論)。
したがって、この療法はリハ医学史上、不世出の大天才がこの世に送り出した天下無双のテクニックであり、同技術を完璧に再現できる者はこの世にいないと、私は考えています。イチローのバッティング技術を再現できるプロ野球選手がいないのと同じように…。
したがって、そもそもの話「JD=pain」というのは、天才的な身体感覚が創造した後付け解釈すなわち
前置きが長くなりましたが、以上を踏まえた上でご質問にお答えいたします。
肘内障で発生する痛みは関節包内における組織間衝突(おそらく骨頭と靭帯の衝突)を感知した侵害受容器(TypeⅣ)がもたらすハードペインだと考えられます
同ハードペインは私が唱える関節反射ショックという現象に伴う一過性の激痛発作に過ぎず、これが長期にわたって続くことはありません。
「もし肘内障が整復されないまま放置されたらどうなるか?」という研究報告がありませんので(私の知る限り)、確証はありませんが、肘内障によるハードペインは長くても数日以内に自然消滅するはずで、さらに言えば肘内障そのもの(ロッキング現象)も数日以内(長くても数週間以内)に自然解消されるものがほとんどだと考えられます。
その根拠は「整復音なき整復事例」「待合室で待っている間に泣き止んで機嫌が回復している事例の数々」「待合室では泣いていなかった患児が白衣の術者を前にして急に泣き出す理由は痛いからではなく、
そして最大の根拠は関節反射ショック理論の中にあります。これについては長くなるので、ここでは述べませんが、とりあえず今回のご質問に対する回答は以下のとおりです。
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以上が私の視点です。
まずは上記のごときJDおよび肘内障に関わる理論的バックグランドを踏まえたうえで、関節反射ショック理論の本編にお進みいただければと思います。
本論は運動器の臨床で遭遇する様々なハードペイン、とくに時間差を置いて現れる「遅発性ハードペイン(その代表例が交通外傷におけるむち打ち損傷)」に対して合理的な解釈をもたらします。
では、どうぞご覧ください。↓↓↓
2)〈序章〉~関節機能障害と痛み~