アレキシサイミアとCRPS(RSD)

 日本において、アレキシサイミアは「失感情症」と訳されていたこともあり、感情そのものがないかのような誤認が一部にあったようですが、現状は自身の「感情の気づきの困難」「感情の言語化の困難」「外的志向の強さ」という三軸から成る概念であることが周知されています。そのほかに想像力の欠如や共感力の低さといった特性も指摘されています。

 こうした要因を抱えている人はストレスにさらされても、それを認識することができず、そのためストレスを遠ざけることができません。周囲から助言を受けても、そもそもストレスの意味が分からないので、ストレスに対する回避行動を取らないのです。

 先天性無痛症の子供が、ケガの危険性を理解することが困難であるのと同様に、アレキシサイミアの方は、ストレスの危険性を理解することがむつかしいと言えます。

 ただし、ストレスの存在はなんとなく分かるし、それが良くないことだということも認識できるが、何がストレスになっているのかが分からないというケースがあります。→その実際の症例についてはこちらのページ

 アレキシサイミア(以降ALEXと略す)は主に心療内科や精神科の領域で扱われる概念ですが、実は痛みの原因診断において欠かせない非常に重要な視座となります。

 筆者が初めてALEXという存在を認識したきっかけは、今から遡ること20年前、或るCRPS(RSD)症例との出遭いでした(下の画像)。

左は典型的な骨委縮。右も典型的な理学所見(皮膚光沢化および高度な関節拘縮)。2002年10月撮影

 この方は60代の女性で、左手首の打撲からCRPS(RSD)を発症したのですが、「このままでは廃用手を免れないのではないか」と感じさせるほど非常にむつかしい症例でした。痛みより関節拘縮が前景に立つタイプで、拘縮に移行するスピードが非常に速かったのです。

 この方は60代の女性で、左手首の打撲からCRPS(RSD)を発症したのですが、「このままでは廃用手を免れないのではないか」と感じさせるほど非常にむつかしい症例でした。痛みより関節拘縮が前景に立つタイプで、拘縮に移行するスピードが非常に速かったのです。

 また問診やカウンセリング等を通して、この方の生活環境が浮き彫りになるにしたがって、極めて大きな問題を抱えていることが分かったのですが、その内容を語る本人の表情の変化に強烈な違和感を覚えました。

 本人が話している内容はあまりに凄惨であり、聞いているこちらのほうが辛くなって、思わず目がうるうるしてしまったにも関わらず、本人はまるで他人事のように淡々と話しているのです。本人もそれが非常に特殊な状況であることは認識しているのですが、しゃべっている内容と本人の表情があまりに不釣り合いでした。

 そのときの筆者はALEXを知らなかったのですが、少しあとになって知ったとき、「自分の感情に気づけない」という前提で、この方のカウンセリング記録を全て読み直したとき、「なるほど、そういうことだったのか!彼女はまさしくその典型例だったんだ」と腑に落ちた次第です。

 この症例をきっかけにして、その後の20年以上にわたる臨床研究の結果、CRPS(RSD)のなかにはALEXの傾向を持つ患者が多いことが見出されました。同時にCRPS(RSD)に限らず、運動器の問題で難治化しやすい患者群にも隠れていることが分かりました。

アレキシサイミアとTAS-20

 ただ、発達個性と同じように、ALEXにもレベルの濃淡があって、比較的軽いものから重たいものまでグラデーションがあり、さらにその内実も様々なタイプに分かれます(この分類については機会を改めて解説する予定)。

 ALEXの疑いを感じた症例に対して、筆者はTAS-20トロント・アレキシサイミア尺度(下の画像がその実物)を使っています。こちらの動画(作成中)で、これを用いた実際の診察場面がご覧いただけます。

 臨床上の意義として、筆者は第一義的には問診や傾聴カウンセリングの結果を踏まえ、それを補完する参考所見であると同時に、患者自身の自覚を促すための手段だと考えています。

ブラインド・マインド(盲心)とは何か?

 他方、当会による造語であるブラインド・マインド(盲心)は、何らかの理由(その多くは過去に体験したトラウマからの逃避)により、意識的あるいは無意識的に自身の心を見ない、あるいは見れない患者の心理を指しています。

 例えば、「昔うつ病を発症したけれど、それは過去の話で、既に完治していて、今の自分はあのときの自分ではないんだ」という、強いセルフイメージを作り上げているケースです。

 「自分はうつ病を克服したんだ、だから二度と発症することはないんだ。自分はもうストレスに悩む人生とは無縁なのだ」と信じたい、そういう無意識に近い深層心理を抱えている人が、何らかのストレスにさらされて頑固な慢性痛に悩まされている…、こういう患者に、ストレスと痛みの関係を持ち出すと、異常なほどの反発を示すことがあります。

 それとは反対に、過去において投薬、カウンセリング、ヒーリング系、自己啓発セミナーなど色々試して頑張ってきたけれど、結局自分を変えることができなかったという挫折体験を持っている人が、その後の人生において、内観の類を一切放棄したケースもあります。

 いずれにおいても、自身の心にブラインドを下ろした状態であり、認知行動療法がまったく通用しないタイプだと言えます。認知科学統合アプローチ(COSIA)の現場でも、極めてむつかしい部類に属します。

両者の違い

 メタ認知の障害は二種類に大別されます。ひとつはメタ認知そのものができないタイプで、その典型例がALEXです。自身の感情や気持ちに気づきにくく、言葉に変換することができないわけです。

 そしてもうひとつは自分に対して真逆の評価を下す、すなわちセルフイメージが壊れているタイプです。例えば、極めて繊細な心の働きを有しているにも関わらず、自分のメンタリティは鋼のように強いと胸を張る患者です。

 ブラインド・マインド(以降BLMと略す)も、症例によってはメタ認知の障害を併せ持つケースがありますが、全てに見られるわけではありません。臨床上はメタ認知の障害というより、メタ認知の拒絶という形で表面化するケースが多いと言えます。

 医療者にとって最低限必要なレベルの、内面に関わる些細な質問に対してさえも、返答を拒んだり、あるいは剣呑な雰囲気を漂わせる患者がいます。

 自身の内面に向けられた質問や心理的な話題を避けようとする傾向が顕著な場合、それが意識的にせよ、無意識的にせよ、こうした心理機制がBLMだと言えます。

 ALEXを基盤に持つBLMもあれば、これを持たないBLMもあります。当会では、ALEXの有無や濃淡に拠らず、クリニカルコミュニケーションにおいて、心理的な質問を拒んだり、内面に関わる話題を避けようとする患者を指して、BLMと呼んでいます。

 したがってBLMという概念は、結果として自身の心を見ない状態を指しますが、その内訳として、“見れない”と“見たくない”を併せ持つタイプもあれば、ただ単に“見たくない”だけのタイプもあり、その両者において意識的あるいは無意識的な作用という複合的な要素が隠れていると言えます。

 最後に、両者の違いを以下に要約しておきます。

臨床上の鑑別ポイント
アレキシサイミア(失感情症)「感情の気づきの困難」「感情の言語化の困難」「外的志向の強さ」「想像力の欠如」「共感力の低さ」
ブラインド・マインド(盲心)「内観の忌避」「内面に向けられた質問に対する拒絶反応」「心理的な話題からの逃避」「外的志向の強さ」

注意

ブラインド・マインドの中にはアレキシサイミアの傾向を併せ持つケースが含まれる。よって、必ずしも厳密に鑑別する必要はない。臨床上、表面に現れてくるものがどちらなのかによって、呼び名を使い分けるというイメージ。